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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)3096号 判決 1963年5月15日

控訴人(附帯被控訴人) 甲府家具移出工業協同組合

被控訴人(附帯控訴人) 松尾主計

主文

一、控訴人の本件控訴を棄却する。

二、被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴に基き、原判決を左のとおり変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金三六万二三二五円及び内金三四万二七一三円に対する昭和三五年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)その余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分しその二は控訴人(附帯被控訴人)、その余は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

(四)  本判決は、二の(一)項に限り仮に執行することができる。但し控訴人(附帯被控訴人)において原判決主文末項所定の担保の外更に金一〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。被控訴代理人は控訴に附帯して「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三五年七月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに右金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、控訴代理人は附帯控訴棄却の判決を求めた(以下附帯控訴人を被控訴人、附帯被控訴人を控訴人とそれぞれ略記する)。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が新らたな証拠として、乙第二号証の一、二を提出し、原審における控訴人代表者本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人が「被控訴人が原審で主張した被控訴人の後遺症は現在でもなほ継続している。なお、原判決が被控訴人の慰藉料請求五〇万円を金二〇万円の限度でしか認容しなかつたのは不当であるから更に金三〇万円の慰藉料の支払を求めるため附帯控訴に及んだ。」と附陳し、前示乙第二号証の一、二の成立については不知と答えたほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

控訴人組合が甲府市においてその所属組合員の家具の共同生産、販売、運送等の業務を営むことを目的とするものであること、昭和三五年四月九日訴外雨宮春彦が小型四輪貨物自動車(登録番号山梨な六三八二)によつて右組合員の製造にかゝる家具を運送中同日午前六時三〇分頃東京都渋谷区幡ケ谷笹塚町一、一九八番地先甲州街道上において右自動車をマラソン練習中の被控訴人に後方から衝突させたことは、当事者間に争なく、原審証人松尾宣子の証言とこたにより真正の成立を認め得る甲第一号証の記載によると、被控訴人は右事故に因り前頭骨々折、頭蓋底骨折、脳震盪症、左肘部並びに左下腿部挫創兼両側手部打撲擦過傷を被つたことが認められる。

被控訴人は、控訴人組合は本件自動車の所有者であつてこれを自己のために運行の用に供するものであり、本件事故は控訴人組合の被用者である前記雨宮による本件自動車の運行中これに因つて惹起せしめられたものであるから自動車損害賠償保障法(以下保障法と略称)第三条本文の規定に基き本件事故に因つて被控訴人の被つた損害を賠償すべきであると主張し、控訴人はこれを争う。よつて案ずるに、原審証人共田一郎の証言とこれによつて真正の成立を認め得る乙第一号証の記載、当審における控訴人代表者本人の供述とこれによつて真正の成立を認め得る乙第二号証の一、二の記載、成立に争のない甲第五、第一二、第一四号証の各記載、甲第一三、第一五号証の各供述記載を総合すると、次の事実が認められる。即ち、控訴人組合はその所属組合員の生産にかかる家具を東京方面の得意先まで運送することをもその事業目的としていたものであるが、右運送に要する自家用貨物自動車を所有せず、また家具(事務机、たんす等)は貨物としてかさみ、又いたみ易いため一般の運送業者が快くその運送を引き受けてくれないという特殊事情があつたので昭和三四年八月五日それまで農業に従事し運送業については全く経験のなかつた訴外共田一郎との間に契約期間を一年と定め(但し更新できる)、共田は毎朝控訴人組合に連絡しその指示によつてその所属組合員の出荷すべき家具を集荷しこれを東京方面に運送するものとし、甲府から東京までの運送料金は大型貨物自動車一台につき八、〇〇〇円、小型貨物自動車一台につき四、〇〇〇円と定め、毎月二五日締切で計算したものを控訴人組合から共田に対し翌月七日に支払うことを骨子とする契約を締結し、その際共田に対し止むを得ない事由あるときは控訴人組合の承諾を得て共田所有の自動車に控訴人組合の名義を使用することを許容した。そこで共田は、まず中古の大型貨物自動車一台を買い、ついで、昭和三五年三月末ころ本件小型貨物自動車一台を買入れたが、同人は自動車運送事業の免許を受けておらずまた右自動車は控訴人組合関係の仕事に専従することにもなるので本件自動車につき、控訴人組合の許諾のもとに控訴人組合をその使用者として道路運送車輛法所定の登録を受けたうえ控訴人組合の名義を使用して同法所定の車輛検査を受け、控訴人組合使用の自家用車として道路運送法第九九条所定の届出を為し、保障法所定の保有者として同法所定の責任保険契約を締結し、本件自動車の車体には控訴人組合の宣伝のため控訴人組合の名称を表示し他方前記雨宮春彦を貨物自動車の運転手として雇い、同人の運転により本件自動車をば専ら甲府から東京方面への前記家具の運送に当らせていたものであるが(なお東京方面からの帰路は控訴人組合所属組合員から個別的に頼まれた物件の輸送に当り、その運送料金はその都度定めるところに従つて依頼者との間で直接に決済された。)控訴人組合と共田との間の前記契約に定めた運送料金は一般貨物自動車運送業者の場合のそれに比較し相当に低廉なものであつた。しかして本件事故は前記雨宮春彦が本件自動車を運転し共田がこれに同乗して控訴人組合所属組合員の製造した家具を甲府から東京に運送の途中前示日時、場所において(なお、前記道路は全巾員二五米、車道歩道の区別あり、車道は巾員一七米でアスフアルト舗装されている)右雨宮が前夜来の運転による睡眠不足のため居眠りして前方注視及びハンドル操作をおろそかにした過失に因り、本件自動車が道路左側(進行方向を基準にして)に寄り過ぎ、歩道上の電話柱をかすり、更に道衝を倒しなおも街路樹に衝突して横転し、その際車道北縁沿いに車道上をマラソン練習のため同方向に走つていた控訴人に後方から本件自動車を撃突するに至らしめて惹起したものである。

以上のように認定することができる。当審における控訴人組合代表者本人の供述中には若干右認定の一部と牴触するかの如き部分があるが該部分は採用しない。ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば本件自動車は控訴人組合所有のものとは、認められず、また前記雨宮春彦は控訴人組合の被用者ではなく、共田一郎の被用者である。しかしながら控訴人組合は、共田に対し本件自動車についての前記の登録、届出、責任保険契約の締結ないしその運行につき、控訴人組合の名義を使用することを許諾したのであつて、このことは控訴人組合が本件自動車を正当な権利に基き自己のため運行に供する者即ち保障法に所謂「保有者」であることを外部に対して表示することを許容したものというべきである。のみならず、前段認定の如き事情を綜合すれば、控訴人組合は実質上も本件自動車を運行せしめることに因り自家用車又は賃借自動車を以て自己の業務たる組合員の生産に係る家具の運送を為すと殆んど同様の経済的利益を享受していたものであり、また共田一郎について之を看れば同人の本件自動車による運送営業は本件車輛、運転手等を含めて完全に控訴人組合に従属しその支配を受けていたものと認め得るから、控訴人組合は本件自動車を自己のため運行に供する者というに妨げなく、また以上の関係に於て共田の被用者たる運転手雨宮は、これを控訴人組合自体の被用者たる運転者と同視するを相当とする。従つて控訴人組合は本件自動車の運行によつて惹起せしめた事故に因り被控訴人に被らしめた損害を保障法第三条本文によつて賠償する義務があるものといわなければならない。尤も前示乙第一号証の記載によれば控訴人組合と共田との間に締結された前記契約には災害補償に関し「交通その他の事故による人命並に貨物の補償は如何なる理由、結果と雖もすべて共田一郎の責任とする。」旨の特約があることが認められるが(斯る契約条項の存在自体からも控訴人組合は第三者から見て共田の運送業即控訴人自体の運送業として遇されることを予期していたものとも認め得る)、控訴人組合と共田との間のかゝる特約は契約当事者間の関係を律する相対的規準たるに止まり第三者たる被控訴人に対する関係においてこれを援用して前示義務を免れることはできないものというべきである。

そこで被控訴人が本件事故によつて被つた損害について審究すべきであるが、この点についての当裁判所の判断は、被控訴人の被つた財産上の所謂積極損害は合計金六万一七三八円、財産上の所謂消極損害は合計金四万五六七四円、その精神上の苦痛が慰藉されるに足る金額は金三〇万円を以つて相当と認めるものであつて、その理由は原判決理由三(原判決書八枚目裏七行目ないし一一枚目表八行目まで)の説示中原判決書一〇枚目表九行目ないし一〇行目の「金一万九六一二円」を「金一万九六九九円」に改め、同所一一行目の「右合計金四万五五八七円」を「右合計金四万五六七四円」に改め、原判決書一一枚目表八行目の「金二〇万円」を「金三〇万円」に改めるほか、右説示と同様であるからここにこれを引用する。

ところで被控訴人が前記雨宮春彦から前示財産上積極損害に対する賠償の一部として金四万五〇〇〇円の支払を受けたことは被控訴人の自陳するところであるから控訴人組合が被控訴人に対して賠償すべき損害額は(1) 前示財産上積極損害として右支払後の残額である金一万六七三八円、(2) 財産上消極損害として前示金四万五六七四円、(3) 前示慰藉料として金三〇万円以上合計金三六万二四一二円であり、従つて被控訴人の本訴請求は右合計金及びその内金三四万二七一三円(即ち前示(1) (3) 及び(2) より前記格差による損害金一万九六九九円を控除した総計額)に対する本件訴状が控訴人に送達になつた日の翌日であること記録上明らかな昭和三五年七月一〇日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容すべくその余は失当として棄却すべきである。しかして原判決は、控訴人は被控訴人に対し金二六万二三二五円及び内金二四万二七一三円に対する昭和三五年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべき旨命じているに過ぎないから、控訴人は被控訴人に対し損害賠償の元本債務としては更に金一〇万〇〇八七円を支払うべき義務あるところ、本件附帯控訴は慰藉料額にのみ局限されているから、結局本件附帯控訴により控訴人は被控訴人に対し原審認定の慰藉料二〇万円の外金一〇万円及び之に対する昭和三五年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべき筋合である。

以上のとおりであるから控訴人の本件控訴は理由なく、被控訴人の附帯控訴は右の限度において理由あるから民訴法三八四条一項三八六条により原判決一、二項を本判決主文二項(一)(二)の如く変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条九二条、仮執行及びその免脱の各宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 宮崎富哉)

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